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音声による他人認識について考えてみた

皆様こんばんは、mamoです。

今日のTwitterでも書いたネタなのですが、日常生活の中でとある疑問が沸いたので、今日はその話をば。

皆さんは人と会った時に、その方が知り合いかどうかをどうやって判断されますか? 自分は子供の頃から顔で知り合いかどうか判断するのがどうも苦手で、会ったこと有るような気もするけど果たして…という状況が結構有りまして。ではどうやってその個人を識別しているかと言うと、「音」なのです。具体的には声と足音になります。まぁ殆どは声ですね。

子供の頃からずっとそうなので、これはもう相当芸としては年期が入っており、実際顔を思い浮かべるより先に声が思い浮かぶケースの方が自分の場合は圧倒的に多いです。これはメリットも大きく、変声期が終わってしまえば、人の声は死ぬまで余り変わらないので、容易に変わって行く容姿と違い、ずっと識別基準として使えるというワケです。だから、もう何十年も前に亡くなった祖父や曾祖母の声も自分は鮮明に覚えておりますし、ここ十年内に亡くなった身内の声に至っては夢の中でも非常にクリアに再生されます。 逆に視覚で何かを鮮明に記憶しているというようなことは余りありません。

これは音楽の聴き方でも全く同じでして、自分の好きなBeatlesやEagles、Beach Boysのようにメインボーカルが常に変わり、全員歌うようなバンドは和声と一緒に個人を完全に識別しながら楽しんでおります。というか、一人が常に歌い続けるようなタイプのリードボーカル専任バンドはこの楽しみがないので、余り好んでは聴きません。クラシックにおいてもウィーン大学時代のメイン専攻は合唱曲だったのですが、これも全体と言うより個々人の声を分離して聴くやり方で接しておりました。みんなそうやって聴いているんだとずっと思ってましたが、意外にそうじゃないっぽいんですよね…。最近気付いて衝撃を受けた事実です。これは別にオレ凄いだろって言っているワケでは決してなく(笑)、本当にみんな声で他人を認識しているもんだと思っていたのです。

今日の話に戻ります。

自分はここ数ヶ月喘息の治療でとある専門医の先生に診て頂いているのですが、今日2時間ほど待合室で順番を待っている時に、良く知る名前が受け付けで呼ばれたのです。要は自分の下の妹だったのですが(それはそれで凄い偶然ですが…)、お互い背中合わせに座っていて全く気付かないとかそもそもどうよ(笑)、とかは置いておいて、自分は当然「おーい」と呼び掛けたのですね。そしたら妹はとても慌てた様子で「すみません、すみません」と謝るワケです。もう周りが不審の目で見ること見ること…(汗)。何でも、座った際にアタマをぶつけたかと思ったらしいのですが(笑)、イヤ問題はそこじゃないだろと。何でこの世にただ一人しか居ない兄ちゃんの声が判らんのよ、と。あり得ないでしょ、それって…(涙)。

そこで、改めて「声で人を識別する」という自分のやり方は余りポピュラーではないのかな、と思った次第です。皆さんはどうですか? 音声を生業にしている自分としては非常に興味のあるところです。どなたかこれに関する統計論的な先行研究をご存じの方がいらっしゃったら是非教えて下さいませ! これって音響心理学の話? それとも認知心理学? 少なくとも認知言語学や(自分の大学院時代の主専攻である)言語社会学ではないですな。

すみません、今日はイマイチオチが弱いですね(笑)。まぁたまにはこんな日も…。ではまた!

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